ドキュメンタリー構成のヒント

自分史は小説でもなければ、詩でもなければ、論文でもありません。言うなれば自分自身のドキュメンタリーです。よく、「人に歴史あり」と言われています。別に珍しい言葉でもありません。五十年も六十年も生きていれば、人生の質の違いはともかく、それなりの時間の流れもあれば、生活の起伏があるのは当然です。自分の生き様は、社会的に意味があったかどうかはともかく、当事者にとっては紛れもない人生のドラマであったのは事実です。その事実は、本人ばかりではなく、家族や友人、知人などの関係者にとっても、貴重な歴史と言えないこともありません自分に無関係な第三者を感動させなければならないという考えは、自分史に限って必要がありません。ただ、写実的に時間の流れに従って淡々と記録してもいいのです。そ ろう の点、取り組みゃすいとも言えます。飾る必要も技巧を弄することもありません。。一人の人間の足跡は、その人だけのもので、ほかの誰も真似をすることができない、かけがえのない歴史です。自分だけの人生ドラマを、社会的に意味があるとかないとか、大上段に構える必要はありません。人間の人生ドラマは、その当事者と関係者にとってのみ貴重であり、ゆえに記録として残すことに意味があるのだと考えてください。新聞記事の基本的な骨組みは「いつ、どこで、誰が、何をしたか」ということです。自分史も、基本的には「いつ、どこで、自分が、何をしたか」ということを綴ればいいのです。

自分の書きたいように、自由にプロットを組み立てればいいのです。あるいは、プロットなんか意識しないで、思いつくまま気の向くままに、自由奔放に書きたいというのであれば、それはそれでも通用します。子供のころの思い出として、姉に手を引かれて夕焼けを見たととが思い出として鮮明であれば、それを書けばいいのです。